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筆者が読んだ本の読書日記。書評ではなく、著書の内容から、自らの体験や時代背景を読み解くことを目指します。筆者の備忘録でもあります。
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HTbookCoverImage.jpeg神谷秀樹『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(文春文庫、2008年10月)

タイトルの通り、ウォール街は自爆した。元々、投資銀行はお金持ちの投資の相談を請けおって手数料で生きてきた。アメリカのビッグバンで90年代に銀行と証券の垣根をつくっていたグラス・スティーガル法がなくなり、自由な参入競争が起きた。

自由な競争は大歓迎だが、投資銀行の企業行動に大きな変化が起きた。まず、自らの勘定で投資に打って出るようになったことが第一。人さまのお金を集めて運用し、巨額の運用手数料を得ることを学んだ。もうかるのは手数料だけではなかった。トレーダーたちは「成功報酬」として運用実績の2割だとか3割を手にすることを覚えた。
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321d9d99.jpeg 一升瓶のなぞを追い求めて、ようやく一冊の本に出会った。山本孝造著『びんの本』(日本能率協会。1990年)。筆者の山本が書いているように「壜が変遷してきた流れをひとまとめに整理した日本の書物がほとんど見当たらない」。

ビールやワイン、清酒に関する本はそれこそ「ごまん」とある。しかし、どんな飲み物も運ぶ容器と飲む容器がないと存在しないも同じである。容器についての体系的な書物がないということは食べ物、飲み物についての歴史に画龍点睛を欠くに等しいと言わざるを得ない。
51HKGYX8K7L._SL500_AA240_.jpg加藤徹『貝と羊の中国人』(新潮新書、2006年6月20日)

国家は民族の衝突から生まれる。殷と周の衝突から黄河流域に文明が生まれたという。農耕民族の殷は「貝」を通貨にし、西方の遊牧系の周は「羊」を大切にした。だからそれぞれ、貝と羊に関する漢字が多く生まれた。
財、貨、賭、買・・・
義、美、善、養・・・

うーん。

殷人は自らの王朝を「商」呼んだ。周に滅ぼされて、殷人は土地を奪われて亡国の民となり、いわば古代中国版ユダヤ人となった。各地に散っても連絡を取り合い、物財のやりとりを生業とした。「商人」の始まりなのだそうだ。
筆者は中国通を自認していたが、知らなかった!
ISBN4-569-65234-4.gif杉本信行『大地の咆哮』(PHP文庫、2007年9月17日)

筆者は元外交官として中国と深く関わってきた。貧しい時代の中国を知り、発展した中国を見てきた。誰も中国に見向きもしなかった1980年代、日本は巨額の円借款を供与し、少なくとも中国経済のインフラ整備に大きな貢献をしてきた。円借款は10年据え置きで返済が始まる。対中円借款は巨額だったが、順調に返済が続けられている。多くの途上国からの返済が滞っている中で「優等生」であることを忘れてはならない。


石光真清『誰のために』(中公文庫)
2c939a77.jpg石光真清『望郷の歌』(中公文庫、1979年1月10日)








f621322f.jpg石光真清『曠野の花』(中公文庫、1978年11月10日)








d0a9cc7f.jpg石光真清『城下の人』(中公文庫、1978年7月10日)







51vZxf-pwaL._SL500_AA240_.jpg山本一生『恋と伯爵と大正デモクラシー』
(日本経済出版社、2007年9月17日)






22be0159.jpg徳富蘆花『不如帰』(岩波新書、1938年7月1日)

大山巌元帥の娘の哀話をもとにした、浪子と武男という若い夫婦の哀しい物語。明治31-32年、国民新聞に連載され、明治期の空前のベストセラーとなり、徳富濾過の名前を高めた。30万部と売ったといわれる。

明治期のベストセラーが『不如帰』なら、大正期のベストセラーは『死線を越えて』。3部作で400万部を売った。そして昭和のベストセラーといえば、村上春樹『ノルウェイの森』なのだそうだ。これも2部作で単行本だけで400万部を超えている。(伴 武澄)
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伴 武澄
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1951/05/05
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賀川豊彦研究
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