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筆者が読んだ本の読書日記。書評ではなく、著書の内容から、自らの体験や時代背景を読み解くことを目指します。筆者の備忘録でもあります。
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800229549_p.jpg 小松和彦、内藤正敏『鬼がつくった国。日本』(光文社、2007年12月)

そのむかし奈良県の葛城地方の人々は土蜘蛛と呼ばれた。天孫族である天皇家が大和に進出したとき、激しく抵抗したが、結局支配下に入った。彼らは一言主という国津神を信仰していた。
日本の山には先住の猟師・山岳民族がいた。柳田國男は「山拠の人」と呼んだが、山蒿(サンカ)のことであろう。先住民たちは土蜘蛛、夜刀神、国栖、佐伯などと蔑称された。いかにもオドロドロしい名前である。
葛城は賀茂一族のふるさとである。一族のスーパースターに役小角がいた。葛城山に住むシャーマン的な呪術者だった。

 更に平安時代になり山へ密教僧が入ってくる。一部の軋轢はあったが結局、習合して修験道が生まれた。彼らは渡来系の人が多く、鉱山や薬草などの高度の知 識・技術を持っていた。先に書いた百済王敬福の砂金献上話もそれを裏付けている。平泉の藤原三代も黄金文化であったが、これを支えていたグループがあった 筈だ。不老長寿薬の原料である水銀はどうか。また、日本刀の発祥地、岩手県の舞草の鉄を見出しのは誰か。そう考えてくると鬼の広がりが想像できる。柳田國男は、日本の山は東北から中部地方の末端まで全く下山することなく渉り歩くことができたと言う。移動する修験者同士のネットワークが日本の山々に張り巡ら されていたのだ。中央政府とは別の、高度な技術と思想を持つ集団=鬼の世界があったのである。
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